DISC事業
DISC会員企業がアカデミアに求めていること
—— DISC会員企業5社との座談会
第一三共RDノバーレ株式会社が代表機関を務めるDISCユニットは、AMED創薬事業部創薬企画・評価課(iD3)と協力し、これまでにアカデミアを対象としてPI(Principal Investigator)や産学連携担当者などに創薬総合支援事業(創薬ブースター)及び産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)に関する事業説明会(ウェビナーを含む)を開催してきました。
その中でアカデミア関係者から、「製薬企業が望む創薬シーズの具体的なイメージが知りたい」、「アカデミアと企業との創薬研究の目的やプロセスなどのギャップを解消したい」、「創薬ブースターを通じて企業とさらに協業したい」などのご要望をいただいてきました。
そこで今回の座談会では、DISC会員企業5社の担当者に参加いただき、企業の担当者が感じるアカデミアに対する期待などを含めて、以下の3点について意見交換を行いました。また、座談会にさきがけ、全DISC会員企業に対して以下のアンケートを実施しましたので、その結果も併せてご紹介いたします。
<<座談会ディスカッション・ポイント>>
1.製薬企業にとっての(低分子)創薬の今後の位置づけ
2.アカデミアとの協業による創薬研究に関する課題
3.アカデミアとの企業連携に向けてDISCに期待すること
アンケートや座談会の議論を通じて感じ取られたのは、DISC会員企業が求める創薬シーズや化合物レベルについて、アカデミアの認識との間にギャップがあると言うことでした。どのようなシーズであれば創薬の産学連携がさらに加速するのでしょうか。
ぜひ、ご一読ください。
<座談会参加メンバー>
・A社:研究部門 管理職(薬理)
・B社:研究開発部門 管理職(創薬化学)
・C社:研究部門 管理職(薬理)
・D社:研究部門 管理職(創薬化学)
・E社:研究部門 管理職(創薬化学)
ファシリテーター:
・AMED iD3 寺坂忠嗣 主幹創薬コーディネーター
※本座談会は、2021年12月上旬にオンラインにて開催しました。
1.製薬企業にとっての低分子創薬の今後の位置づけ
― DISC会員企業に事前に回答頂いたアンケート結果 ―
【寺坂】:まず、「今後も低分子が医療の場で使われていくと思いますか?」という質問に対しては、ほぼすべての会員企業が「思う」と回答し、期待の高さを感じ取ることができました。モダリティの一つとして、低分子の特性を活かした創薬の方向性があるという認識です。この点についてご意見をお聞かせください。
【A社】:低分子は今後も医療の現場で使われる、魅力的なモダリティの一つと思っています。弊社が進めているプロジェクトも、ある程度の割合で低分子です。低分子が有利な疾患や標的があるということだけでなく、医療経済性の点でも過去の蓄積があって予想しやすいのも、低分子のメリットです。ただ、以前のように低分子一辺倒ではなくなっているのも事実です。
【B社】:確かに、製薬企業の中でもバイオロジーのウェイトが高くなっています。ただ、低分子創薬は、日本企業の強みを最も活かせられるモダリティであるとも思っています。最適化検討のノウハウなど、過去の(経験や知見の)蓄積を活かせられる点においては、ベンチャー企業と比べて差別化できるところでもあります。ただ、過去とは状況が変わっていると感じています。以前は1つのケモタイプに対してbest-in-class(既存薬に対して明確な優位性をもつ業界や分野で最高クラスの薬)を目指して複数の企業が複数の薬を上市できた環境がありました。しかし、最近注目している希少疾患などはbest-in-classを目指すのが難しくなっており、最初に創薬ターゲットを決めた時点でほぼ勝負が決まるような状況になってきています。そうなると、アカデミアとの連携においても将来目線で考える必要があると思います。
【C社】:私もB社さんの意見と同じで、低分子技術は各社の中で成熟しており、それぞれの強みを活かせられる領域だと思います。しかし、今はターゲットで競合するのは高いリスクとなっています。最初の段階でいかに魅力的なシーズや標的分子をつかめるかが勝負になってくると思います。
【D社】:弊社の売上やパイプラインも低分子が中心です。低分子以外のモダリティにチャレンジしていますが、バックグラウンドがないので、低分子に比べると難しい状況に置かれています。例えば弊社の重点領域で新たなテーマを立ち上げるなら、やはり低分子を重点に置くことになります。そこでアカデミアに期待したいのは「ターゲット」です。その領域をずっと研究してこられたアカデミア研究者であれば、企業では見いだせていない魅力的なシーズを発見できる可能性が高いと思うので、新しい「ターゲット」を見つけたときには是非、DISCの利用を一番に考えてほしいですね。
【E社】:D社さんと同じく、弊社も低分子以外のモダリティに取り組む割合が以前より増えています。チャレンジが必要な領域なので、かなりの工数や人員が使われています。また、低分子については、評価系(の構築)も難しくなっています。そこにアカデミアとの連携の場があると期待しています。
—— このセッションのまとめ
・低分子は品目数も多く、企業の強みを活かせられる分野でもあることから、今後も低分子は医療の場で使われていくだろう。
・創薬ターゲットの選択や評価系の構築の難しさに加え、低分子以外のモダリティの多様化など、環境は変化している。
2.アカデミアとの協業による創薬研究に関する課題
― DISC会員企業に事前に回答頂いたアンケート結果 ―
【寺坂】:次に、「アカデミアとの協業による創薬研究に課題はありますか?」という質問を投げかけると、85%の会員企業が「思う」と回答しました。研究目的やゴールイメージの違いから生じる課題があり、お互いの役割を理解したうえでさらなる強固な連携が必要とのことでした。アカデミアと企業とのギャップについて、会員企業の皆さんはどう考えているのでしょうか。
【E社】:私個人としては、アカデミアと企業とでは目的やゴールイメージが違うという前提に立っています。そこを課題としても解決できるものではないので、お互いの強みを活かせられる協業ができればいいと思っています。
【A社】:そうですね、アカデミアと企業とで目的やイメージしているものが違うのは仕方ないと思います。その点を踏まえて企業がアカデミアに期待するのは、ユニークなところです。(独自の研究を通じて)ターゲット分子と疾患が結びついていて、かつ化合物とセットで提案されるのが理想です。そういうものは企業のスクリーニングではなかなか出てこないので。
【D社】:以前は、アカデミアは論文にすることがマイルストーンの一つという認識がありましたが、最近は創薬の目線や目的は産学でそろいつつあると思います。安全性や薬物動態の評価や改善は企業の得意とするところなので、まずはツール化合物(注)が取得されることが重要です。ツール化合物を用いて研究を開始し、その後、自社のライブラリー等からリード化合物を見つけることができますので。
(注)ここでのツール化合物とは、創薬標的の妥当性を判断するために各種評価に用いる化合物(ある程度の活性・選択性・物性・薬物動態を有する)のこと。高濃度・高用量であっても、創薬標的に対して妥当性が判断できればよい。それに対してリード化合物とは、in vivoで創薬標的への有効性と根拠が示されており、それを元に加工(最適化)することで薬効や安全性が高まって新薬(開発候補品)につながる可能性があるものをいう。
【C社】:私も同意見です。弊社も、ツール化合物レベルでも構わないので、そこから社内で安全性や薬物動態を確認・改良することのほうが望ましいと思います。むしろ、複数の大学の知的財産が絡んでしまうほど作り込んだ段階で提案されると、(実用化の壁になって)協業が進みにくくなる場合があります。
【A社】:そう思います。in vivoで効果が証明されたものでなくても、ツール化合物のレベルでいいのでターゲット分子にしっかり作用しているものがありがたいです。特異性があり、構造も複雑でないものを弊社では求めています。提案する化合物レベルに、アカデミアと企業のギャップがあるのかもしれないですね。
【C社】:やはりアカデミアと企業とは技能も役割も違うので、アカデミアの研究者にはユニークな基礎研究を望んでいます。基礎研究の中からユニークなターゲットをDISCに提案していただき、例えばDISCのスクリーニングで得られたヒット化合物から各社で類縁化合物を検証して創薬への発展性を高めることができると思います。
【B社】:私がアカデミアに期待するのは初期検討の段階です。弊社では、最適化することで新薬につながるリード化合物をアカデミアには求めていなくて、何かしら新しいコンセプトを検証できるツール化合物が一番望ましいです。先ほどの話にもありましたが、低分子創薬の主戦場は最適化検討からターゲット選定に移っています。(アカデミア提案による)良いターゲットがあったうえで製薬企業がスピーディーに仕立てるのが、現時点でのプロセスとしては好ましいと思います。
【D社】:弊社でプロジェクトを進めるためには、 in vivoとin vitroでコンセプトが固まっているリード化合物である必要があります。ただ、最近は評価系が複雑化していることもあり、まずはin vitroでの評価を再現性の高いものにすることを、アカデミアの方にはお願いしたいと思います。DISCで取得されるヒット化合物の上位は活性が強いため、ツール化合物といえるのではないかと思います。
【A社】:他の方がおっしゃっているように、しっかりとしたターゲットやコンセプトがあることが大事と思います。あとは、in vitroの段階が一つ一つの試験やアッセイ系において特異性のあることも重要です。DISC30万化合物のHTSをやると偽陽性の化合物が出てくることも少なくないので、特異性の高いものも欲しいです。
—— このセッションのまとめ
・アカデミアの先生方は、ある程度最適化された化合物にならないと企業による導入や連携に至らないと考えているかもしれないが、企業では発見できない、ユニークなターゲットやコンセプトをアカデミアに求めている。
・各社共通しているのは、独自性のあるターゲットと、創薬標的としての妥当性を示唆するツール化合物を対で欲しいという点である。ターゲットはアカデミアから提案頂き、良いツール化合物の取得の手段としてDISCは適している。
3.アカデミアとの企業連携に向けてDISCに期待すること
― DISC会員企業に事前に回答頂いたアンケート結果 ―
【寺坂】:最後の質問は、「DISC事業への期待度」についてです。多くの企業から、期待しているとの回答がある一方で、DISCのさらなる活用にむけた課題認識と対策が必要との意見がありました。
【C社】:DISCには、アカデミアの研究者を通じて魅力的なシーズを期待しています。研究者の方々はそのシーズの独自性をアピールされますが、企業としては他のシーズとの比較も重要になります。特に、類似する作用機序のシーズに対しての優位性を示してくれるとより良いのです。その辺りのヒアリングはDISCでされているとのことなので、継続してやっていただきたいと思います。
【E社】:課題という点については、企業のニーズとアカデミアの接点を見つけるのが難しいと感じています。弊社は現在、かなりフォーカスを絞ってパイプラインをそろえようとしているので、アカデミアの接点が余計に見つけにくくなっています。ただ、接点の作り方は企業の戦略によって変わるので、(さまざまな領域やターゲットを多様にするなど)接点の数を増やすことが対策の一つになると思います。
【D社】:そうですね。DISCには多くの企業が参加しているので、(アカデミアには)会員企業全社のストライクゾーンを目指すのではなく、数を打ってどこかの会員企業の興味と一致すればいいという考えで取り組んでいただくのがよいと思います。
【寺坂】:ここまでの議論の中で、会員企業がアカデミアに望むものとして「シーズ」というキーワードがたびたび出てきました。では、会員企業が考える「良いシーズ」とは何でしょうか。改めてお聞きします。
【E社】:オリジナリティが高く、アプローチやバイオロジーがユニークであることが、良いシーズだと考えています。
【D社】:私が考える良いシーズとは、ツール化合物でin vivo試験をしたいと思わせるようなものです。特に弊社の重点領域の中で、これまで知られていないメカニズムで作用するツール化合物は試してみたいと思います。
【A社】:同じような考えになりますが、疾患との関連があり、今まで報告されていないようなものが、良いシーズです。ゲノム解析が普及してから低分子アプローチは出尽くしたような印象がありますが、アカデミアは基礎研究をずっと続けており、そこから企業の研究員が思いつかないような疾患との関連や分子を見いだせる可能性があります。もしかしたら、アカデミアはターゲットよりもフェノタイプのほうが強みを活かしやすいのかもしれません。また、最初の議論にあった環境の変化にも関連しますが、最近注目されている難病や希少疾患にも範囲を広げるのも手です。海外をみても希少疾患の低分子スクリーニングの成功例は少ないのですが、可能性は広がると思います。
【C社】:弊社における良いシーズとは、医療ニーズがあるかどうかです。その医療ニーズを解決できるシーズは何かが重要です。先ほど低分子アプローチが出尽くしたという言葉がありましたが、今後も行き詰まっていく可能性があります。そこにアカデミアの視点から、ヒントとなるコンセプトやアイデアがあるとうれしいです。
【B社】:みなさんがおっしゃるように、良いシーズとは疾患との関連性が強いものです。分子としては新しくなくても、遺伝情報やバイオマーカーから疾患との関連が示唆できるものであれば、検討の余地はあります。アカデミアの中でも、たとえば総合大学は病院と連携できるケースもあるので、疾患との関連に軸足を置いた研究をされていく中で、ツール化合物を使ったコンセプト検証に進むと、企業としても連携しやすくなると思います。
—— このセッションのまとめ
・DISCでは特定の疾患領域に偏ることなく、多様なテーマやアプローチが求められている。
・企業が求める良いシーズとは、疾患との関連性が示唆され、ユニークなバイオロジーや新しいメカニズムに基づくものである。更にそこに、ツール化合物となる低分子の取得を求めており、そのようなアカデミア発の独自性のあるテーマがDISCを活用することを期待している。
—— 座談会を終えて
今回の座談会から、低分子創薬に向けたアカデミアシーズに対する期待の高さがうかがえました。その中で、「ユニークな創薬標的とセットでツール化合物があると良い」という要望も挙げられました。
アカデミアの関係者からはしばしば、「どのレベルであれば企業に導出できるのか」という、ゴールを意識したご質問をいただくことがあります。しかし今回の座談会に参加されたDISC会員企業は、「ツール化合物レベルでも良いのでユニークなターゲットやコンセプトがほしい」と考えているようです。ここに、アカデミアとDISC会員企業との認識のギャップがあるように感じられました。
終盤に議論した、企業が求める「良いシーズ」については、創薬ブースターでも支援に当たって重視している「創薬標的の新規性・独創性並びにその妥当性」が要件として挙げられました。また、アカデミアに期待する化合物としては、開発候補などに近い、最適化されたものよりは、創薬標的の妥当性がある程度示されたツール化合物程度で良いとの意見が多くありました。
その意味では、DISCで取得されるヒット化合物は、ツール化合物としても利用できる可能性が高いため、アカデミア低分子創薬でさらなるDISC活用につなげていきたいと考えています。
(寺坂忠嗣)
コラム
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