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コラム

2024年2月に行ったシンポジウムでの講演をベースにコラムを作成していただきました。

北里大学薬学部発(初)スタートアップ設立の経緯
インキュベーション支援の活用と重要性

北里大学薬学部初の創薬ベンチャーであるPRD Therapeutics社(PRD社)の立ち上げの経緯と、立ち上げに大きく貢献いただいたインキュベーション支援についてご紹介します。

PRD社が開発している化合物PRD001は北里大学の伝統的な天然物研究の中から見出された化合物の1つです。北里大学は2015年にノーベル生理医学賞を受賞された大村先生のエバーメクチン、イベルメクチンの研究に代表されるように、微生物の代謝産物からの天然物創薬に強みを持っており、私の上司である供田先生も大村先生の下で長年研究をし、特に天然物からの新規脂質代謝制御剤の探索研究に従事し多くの新規天然脂質代謝制御剤を発見・報告しています。その中で最も創薬に近いと考えた化合物が、SOAT(ACAT)の阻害剤であるPyripyropene(ピリピロペン)をベースに創出したPRD化合物です。ちょうど、供田先生の定年退職と私の特任助教の任期満了の時期が重なったこともあり、二人でPRD化合物の実用化を目指してPRD社を起業しました。

2019年、私が25歳の頃に起業を考え始め、アクセラレーションプログラムと呼ばれる起業に向けたプログラムに参加しました。大鵬薬品のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)である大鵬イノベーションズ様とインキュベーション研究契約を締結し、起業にあたっての不足データの取得や開発戦略、知財戦略の作成等のインキュベーション支援を1年間受けました。アカデミア発のスタートアップですので、大学とのライセンス契約の交渉に苦労しましたが、2021年9月に起業できました。その後もAMEDの希少疾病用医薬品指定前実用化事業の支援を受けながら、昨年末(2023年末)13億円のシリーズA資金調達を終えた段階です。

大学では、慢性疾患の大きな市場を狙って研究をしていた時期もありますが、臨床試験の規模や期間を考えると創薬ベンチャーが実施できる金額感ではないため、対象疾患を変更しました。PRD001は非常に優秀な脂質代謝制御剤で、経口投与することで強力に血中のLDLコレステロールなど血中脂質を低下されることが動物試験で確認されており、脂質代謝異常が原因の疾患であれば、広く適用可能と考えています。先ほどのインキュベーション支援の中で、対象疾患調査や市場調査、アンメットメディカルニーズの有無等を調査し、その結果を踏まえて、特にアンメットメディカルニーズが高い希少疾患で指定難病の家族性高コレステロール血症のホモ接合体(HoFH) を最初の対象疾患、将来的には多くの患者さんがいるがアンメットメディカルニーズの高い脂肪肝疾患であるMASH/MASLDを適応拡大疾患にしていく、という開発計画を立てました。HoFHは、遺伝的な要因で若くして血中コレステロール値が高くなる病気です。そのため、動脈硬化が進み30代で脳梗塞や心筋梗塞の発症リスクが高まります。国内では300名程度、世界でも3万人弱の患者さんしかいない希少疾患です。既にいくつか承認薬はありますが、いずれも効果不十分で、幼少期から1〜2週間に1度LDLアフェレーシスと呼ばれる大掛かりな治療を2時間以上受ける必要があり、患者さんのみではなく患者さんの家族にも大きな負担となります。自宅で飲むことで治療可能な経口薬が開発できれば、患者さんやその家族の負担を大きく軽減させQOLの向上にもつながると考え、PRD001の開発を進めています。PRD001の大きな特徴はその作用機序にあります。北里大学で長年研究されてきたSOAT2と呼ばれるターゲットをアイソザイム選択的に阻害する世界初で唯一の阻害剤です。脂質は約8割が肝臓で合成され、残りの2割は小腸から吸収されて血中に入る食事由来の脂質です。そのどちらにも重要な役割を果たしているのがSOAT2と呼ばれる標的です。さらに本来であれば血中脂質はLDL受容体に取り込まれることで血中脂質量のバランスが保たれるのですが、HoFHの患者さんの大部分は遺伝的にLDL受容体が変異しておりLDLを取り込むことができないため、若いころから血中に過剰に脂質が溜まってしまいます。このLDL受容体の量を調節しているのがPSCK9と呼ばれる標的です。PRD001は、まずSOAT2を阻害することで肝臓での合成と小腸からの吸収を阻害し、血中脂質量を低下させます。さらにPSCK9の量を低下させることでLDL受容体の数を増やし、血中脂質の取り込みの量を増やすことで血中脂質の量を低下させるという効果が期待できます。このように1剤で脂質代謝に重要な合成、吸収、取り込みの3つのすべてに作用することができるのがPRD001の大きな特徴です。これまでにSOAT2阻害によって血中のLDLコレステロールだけではなく、VLDL、カイロミクロンなども低下させることが分かっていますし、血中脂質だけではなく肝臓中脂質を低下させることも明らかになっています。

SOATはポストスタチンの標的として世界中の製薬企業に注目され、1980年代頃から阻害剤の開発が行われてきた標的です。当時はSOATには1と2のアイソザイムが存在することは報告されておらず、2000年ぐらいまで、すべての候補品の臨床試験はPhase ⅡやPhase Ⅲで失敗していました。その臨床試験での有害事象として見られたのが、血中LDLの上昇、動脈硬化の悪化などがあります。1990年代後半から2000年頃にかけて、SOATには1と2があることが報告され、それぞれのノックアウトマウスが作成されました。SOAT1のノックアウトマウスでは動脈硬化病巣が悪化し、血中脂質が上昇し皮膚に黄色腫が見られるなど、臨床試験で見られた毒性所見が報告されました。一方でSOAT2のノックアウトマウスではそのような毒性所見は見られず、血中脂質や動脈硬化の改善、脂肪肝の改善など狙っていた薬効のような効果が示されました。以上の報告から、SOAT阻害剤を開発する場合には、SOAT2を選択的に阻害する必要あることが示唆されました。製薬企業の開発品はすべてSOAT1を阻害してしまいます。そのような中で、世界で唯一SOAT2を選択的に阻害する化合物が北里大学で発見された天然物ピリピロペンでした。それ自体非常に強力な活性と選択性を持っていたのですが、代謝が不安定であることが分かり、北里大学の薬学部の合成系ラボと共同研究をして天然物から誘導体を400種以上合成しリード最適化を行い、より強いSOAT2阻害活性、より高いSOAT2への選択制、そしてより高い代謝安定性を持つPRD001という化合物を合成しました。これら化合物はすべて北里大学で特許を取得し、PRD社が独占的なライセンスを受けて開発を行っています。大学では既にマウス、ウサギ、サルで動物試験を行い、いずれも優れた活性を確認しています。

HoFHの臨床試験でのプライマリーエンドポイントはLDLコレステロールのベースラインから低下率ですが、HoFHモデルマウスで、ベースラインから大幅に低下していることを確認済です。。PRD001は、有効性、安全性、利便性そしてコストの面で優位性があると考えています。既存薬の多くは効果不十分と説明しましたが、既存薬はLDL受容体に依存して血中脂質を低下させるような化合物ですが、HoFHの患者では、LDL受容体に変異があるため、LDL受容体の活性がなく、既存薬では血中脂質が下がらず効果が十分ではない、というのが理由です。一方で、SOAT2は、LDL受容体の活性が無くても十分な効果を示すことが動物試験で示されており、効果が期待されています。さらに海外で多くの開発候補品がありますが、その多くはPCSK9単独を標的としているため、HoFHの患者さんには効果が乏しいです。さらに、最近のモダリティである抗体や遺伝子治療は点滴や注射投与が多く、日本の保険制度ではあまり影響はありませんが、アメリカの保険制度では薬価が高くなってしまいます。我々が開発している経口投与は利便性とコストの優位性がとても高いと考えています。PRD社はパイプライン型の創薬ベンチャーでPRD001をメインに、バックアップをいくつか開発しています。PRD001は現在、非臨床試験のGLP毒性試験が完了した状況で、治験薬の製造にとり組んでいる段階です。準備ができ次第Phase Iを開始する予定です。我々のイグジットプランは、Phase Iで人へのPOCを取得したのちに製薬会社に導出またはM&Aを目指す予定です。臨床試験のデザインを含めた開発戦略もインキュベーション支援の中で、早期段階から専門家を紹介してもらって立てました。我々のベンチャーは、とても小規模で、当初からお世話になっている大鵬イノベーションズーションズに加え、最近取締役が一人増えましたが、私と供田先生がほぼ二人で運営している状態です。このような小規模で運営できているのは、アウトソーシングの選択肢が増えてきているという環境の変化があります。必要なところは顧問やアドバイザーに参画してもらいつつ、非臨床試験やCMCはアウトソース先を最大限に利用する、日本で例が少ないですが、米国ベンチャーでは主流のスタイルで運営しています。投資検討の際に、投資家の方からはチーム人材が重要と言われますが、創業当初は資金が無く、必要な人材も分からない中で、有能な人材を揃えて製薬企業に匹敵する報酬を準備するのは無理な話です。こういった点が実際に起業をして感じた日本のベンチャーエコシステムの課題やインキュベーション支援の重要性だと考えています。

PRD化合物は大学での動物実験でも有効性を示すデータをたくさん積み上げていたにもかかわらず、製薬企業には売れずにいました。今でしたら、安全性データや薬物動態のデータもないので当然だということは理解できるのですが、当時は分からないまま、起業をしてベンチャーでもっとデータを集めてから製薬企業に売り込む戦略を立てました。ただ、何をしていいのかわからなかったため、東京都が主催しているBlockbuster TOKYO と筑波大学が行っている Research Studioの2つに参加し、研究からビジネスへの切り替えるために必要な点、資本政策、TPP、それらを踏まえたピッチに必要なプレゼン資料の作成、医薬品開発における規制等を勉強しました。アクセラレーションプログラムで海外のピッチの機会を得て、サンフランシスコで行ったピッチを聞いて大鵬イノベーションズの森さんがコンタクトしてくれたのがインキュベーションの最初のきっかけです。インキュベーション契約は、起業前に大鵬イノベーションズと北里大学との間で締結され、PRD化合物が起業にふさわしいかを見極めるための製薬企業が求めるレベルでの高い目標が設定されました。その目標を1つ1つ一緒に解決し、すべてクリアできたら一緒に起業をする、という流れでした。大学で取得したデータで足りなかった安全性、薬物動態のデータ取得、知財強化、知財戦略の策定、対象疾患や市場の調査、化合物開発の臨床試験の具体策を含めた開発戦略の策定、化合物を作るためのCMC検討などを行ってもらいました。また、これらを検討するための専門家の紹介や資金の提供もしていただきました。その結果、1年をかけてすべてをクリアし2021年に無事に起業に至りました。さらインキュベーション支援の一年間、研究の過程で出た課題をディスカッションしながら解決する課題解決力やその結果を基に決断する決断力を磨き、スタートアップの経営者として必要なスキルを養うことができた点が、私にとっては大きな意味をもっています。大鵬イノベーションズにとっては、創薬シーズとスタートアップ人材をどちらも育てて起業するインテグレーションモデルの第一号の案件になりました。

ボストンでは非常に優れた創薬エコシステムができています。アカデミアの研究成果を基にベンチャーが生まれて大企業に買収されてイグジットする、という成功者やシリアルアントレプレナーが続々と生まれ、さらにその人たちがベンチャーを立ち上げていく、高い流動性がある循環ができています。日本のアカデミアの研究レベルは非常に高いのですが、バイオベンチャーの創出に結び付いていません。そのギャップを埋めるためにインキュベーション支援をしていただいています。私見ですが、ギャップの1つはバイオベンチャーの成功者、アントレプレナー、つまり経営者が不足していると思います。さらに、資金面から考えると日本の創薬支援は着実に増えてはいますが、アメリカに比べると桁が1つ2つ少ない。そうなると大学で取得できるデータ量も限られますし、助成金を獲得しても1年で1つか2つの動物実験を外注すると資金が底をついてしまい、データの蓄積が難しい。投資家の立場からすると、データ量が少なくリスクが高すぎて投資できないという判断になります。起業したとしても、VCからの初期の投資額が少なく、あっという間に資金難になり結局アカデミアに戻る、というのが現状かと思います。今までの日本のスタートアップのモデルがプラットフォーム技術ベースで、非臨床の頃から共同研究や受託を受けて少しずつお金を稼ぎながら進めていくしかないのは、これが理由の一つだと思います。根本的には、プラットフォームベースで起業したバイオベンチャーでしか成功例がほとんどないのが課題だと思います。近年ようやくパイプライン型でM&Aの実施例が増えてきていますので、今後日本の創薬エコシステムも導出の多様性が増えていってほしいと思っています。インキュベーションの効果として、製薬CVCの支援により、企業の目線で目標を設定することができ、企業とアカデミアの研究者とのギャップを埋め、起業に結び付けることができるのが大きなポイントです。企業が求めるレベルのデータを持っていることで、投資にもつながります。製薬企業のメリットとしては、フォーカスエリアのシーズをインキュベーションするで、将来的な提携やM&A候補の育成に繋がることが考えられ、それがベンチャーの導出部分の活性化にもつながると期待しています。

一番重要なのは、起業が増えることで経営者以外にもベンチャーの経験者が増え、日本の創薬エコシステムに関わる人材が増える点です。1周目は製薬企業のCVCがインキュベーションする必要があったとしても、ベンチャーが成功したりイグジットしたりした場合、シリアルアントレプレナーが登場してどんどん次のベンチャーを設立してくれれば、インキュベーション経験者である彼らは、次はインキュベーションする側に回ることもできます。最近は製薬企業出身者がベンチャーやVCに増えてきており、製薬企業だけではなく、VCでもインキュベーションや会社設立の支援が増えてきています。AMEDからの支援も年々充実していると感じますし、日本のベンチャーエコシステムがますます活性化していくと期待しています。インキュベーション支援はCVCやVCにとって重い内容ではありますが、起業前、起業後も積極的に支援していただくことで、創薬ベンチャーエコシステムがどんどん活性化していくと、第一号となって感じていますし、私自身もこれから何周もエコシステムを回していけるようにしていきたいです。

北里大学ベンチャー PRD Therapeutics株式会社 代表取締役
細田莞爾

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