コラム・インタビュー

 第22回 Top Runners in TRS (Web開催)

 第3回アカデミア創薬レジェンドトーク

Translational and Regulatory Sciences

TRSに掲載された国内向け研究論文(日本語論文)について

AMED感染症創薬産学官連絡会 | AMED Public and Private Partnerships for Infectious Diseases R&D

創薬ブースター 秋キャンペーンポスター・チラシ

コラム

2024年2月に行ったシンポジウムでの講演をベースにコラムを作成していただきました。

創薬ベンチャー新米社長の4年間 

私は、アルメッド社を2019年2月に設立しました。その当時、群馬大学に在籍しておりましたが、特許申請するには企業の資金が必要でしたので自分の会社を設立しました。最初の1年は特許を出すための準備をしていましたが、1年後に群馬大学を退職し、東京大学のアントレプレナーラボに入居したのを機に代表取締役に就任し、企業活動をはじめました。現在は役員含め従業員15名です。そこそこ大きな会社と思われるかもしれませんが、実情は、アルバイトや退職後年金で暮らしながらも楽しいことをやりたい、という人が集まって15名です。フルタイムは、私と研究員2名とバックオフィス担当1名の計4名です。今のところ資本金は経営者がすべて出資していますが、現在資金調達のための活動をしています。会社は、記憶のメカニズムに関わる脳内分子ドレブリンの発見者である私が、その研究成果を基盤に認知症の早期診断薬そして世界初の軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment: MCI)の根本的治療薬を開発することをミッションとしています。ドレブリンに関しては過去40年にわたる強固な研究成果があります。

2020年4月に本社を東京大学アントレプレナーラボに移し、本格的研究開発を開始しましたが、コロナ感染症により通常のスタートは切れませんでした。しかし、奇異に聞こえるかもしれませんが、私はむしろコロナ感染症に救われたと思っています。本来、スタートアップ企業は経験豊かな社長をトップに据えて一丸となってスピード感を持って進めることが重要だと言われています。しかし、2020年4月に始まったコロナ禍の影響で世界的に企業活動のスピードが遅くなりました。それが素人社長の私にとっては良かったようです。コロナ禍で東大のラボがシャットダウンされましたが、地方大学との共同研究や外注を使った研究開発を続けながら、社員の初期教育をすることができました。

スタートアップを起業してみてわかったのですが、スタートアップは規模的には小さな会社ですが、一般の小さな会社とは全く違うということです。立上げ当初、会社規模が同じということで、家族で工場をやっている知り合いの社長さんからいろいろな助言をいただきました。しかし創薬ベンチャーは、経営規模とは関係なく、最初から上場を目指した経営をしなくてはならず、結果的にはその方の経験はあまり参考になりませんでした。リクルートについても、バックオフィスを安心して任せることができる人に出会うまで2年ほどかかりました。アントレプレナーラボの方にも言われましたが、あきらめずに良い人材を探し続ける、というのはスタートアップの心構えだと思います。補助金を入金するための法人口座を開設するのにも一苦労でした。銀行から売り上げ実績を求められましたが、当然そのようなものはありません。結局、創業メンバーの過去の実績やスタートアップのHPが出来ていたことでやっと認めてもらえました。

スタートアップを始めたら、最初はアクセレーションプログラムに参加することも勉強になりますが、どのようなプログラムを選ぶかも重要です。私たちは最初、バイオベンチャーに関係のない「開発リスクが小さくマーケティングリスクが大きい」会社の起業者向けのアクセレーションプログラムに入ってしまい、想定する予算規模が違いすぎて、具体的な事業計画の作成には至りませんでした。しかし、この時は異分野のヒトと知り合いになり、かえって人脈が広がるなど良い点もありました。

研究者が社長になるのは無理だとよく言われました。確かに、私自身も良い社長がいればお任せしたいとは思いましたが、私たちは認知症を治すぞ!記憶のメカニズムを一番わかっているのは自分達だ!というスタンスで始めているので、社長をやってくれる人材がおらず、自分でやるしかありませんでした。自分自身で社長をやると、自分を追い込むことで高い満足感が得られるのは良い点です。既存の観念にとらわれず、自由な感覚で生活するようにもなりました。例えばファッションでも、背広にネクタイというスタイルから抜け出し、冒険的なファッションもできるようになったのは、自分でも驚きです。

スタートアップでは、お金で時間を買うという気持ちが大切です。大学時代は、決められた予算の中で節約をしながら最高のパフォーマンスを発揮することを目指していた私にとっては、大きな変革でした。また、会社発展の段階に合わせて優秀なアドバイザーを見つけていくことが重要です。自分たちにとって今何が一番大事かを解像度高く分析し、コストパフォーマンスやタイムパフォーマンスを高めていかなければなりません。会社の発展をスピードアップするために、この点は社長の業務として大変重要なポイントです。

弁理士さんや士業の方との付き合い方ですが、彼らはアドバイザーや指導者ではなく、依頼人の考え方を現行の規定に合わせて表現してくれる人であることを忘れてはいけません。いずれにしろ、いろいろな人の提案に耳を傾け、アクセレーションプログラムなどを通して複数の事務所とお付き合いをしながらやっていくのが良いのではないかと思います。

スタートアップの中でもディープテックといわれるベンチャーがあります。ディープテックは、科学的な発見や革新的な技術に基づき、世界的な問題解決に取り組んでいます。アルメッドはまさにディープテックです。ドレブリンの発見により解明された記憶のメカニズムに基づき、認知症治療を開発しようと会社をスタートしました。最近研究開発が進み、ヒトの血液中にドレブリンの代謝産物(ドレボライト)を見出し、これをマーカーとしてMCI診断薬の開発に成功しました。MCIのステージで患者さんを治療することで、認知症を撲滅できると考えています。

さて資金調達ですが、日本ではよく事業計画の解像度を上げろと言われます。しかし、XTCの世界大会に日本代表のfinalistとして参加したときに教えてもらったことですが、アメリカ的な考え方では、ディープテックの事業計画のマイルストーンは、テクノロジーの開発に伴い、どんどん変わらざるを得ないものである。したがって詳細な事業計画よりも、ディープテックのシーズが重要であり、それを誇に思って資金調達すればよい、ということになります。そうは言っても、これは日本ではあまり受け入れられていない考え方のようです。

創薬研究においてはトランスレーショナルバイオマーカー、つまり治療薬開発に向けて実際に利用できるバイオマーカーというのは、非常に重要です。トランスレーショナルバイオマーカーは基礎研究に使え、また診断のバイオマーカーでもあり、かつメカニズムベースで実際のターゲットの変化に直結するバイオマーカーである、とFDAは定義しています。ドレブリンは、まさにこのトランスレーショナルバイオマーカーであり、FDAの基準に合致しており、それに基づいて現在開発しているリード化合物こそ治療薬として成功が期待できます。

人は宝というのは皆さんがおっしゃることですが、スタートアップにとってのいい人材とは何でしょう。それぞれの専門性を持ちながら、全員が他のポジションもこなせるバスケットボール型のチーム編成がスタートアップには求められています。アルメッドはまさにこのバスケットボール型のチームで、みんながどこのポジションもこなせます。スタートアップでは、各発展段階で必要な人材も変わってきますので、それに対応できるようにするためには人材育成が重要です。私はアルメッドを、スタッフのモチベーションが維持される会社にしていきたいと考えています。楽しくかつ働き甲斐のある仕事ができ、それがコストパフォーマンスの高い仕事に繋がっていくような会社にしていきたいと考えています。また人は宝という言葉には、社外の広い人脈も含まれます。アカデミアとの共同研究など、それぞれの専門性を持つプロフェッショナルとのつながりは大切です。

社長になって4年たちましたが、まだまだ新米社長です。これからも新しく学ぶことや新しい気づきが多々あると思いますが、頑張って進めていきたいと考えています。

2024年8月

東京大学ベンチャー アルメッド社 CEO
白尾智明

ページ先頭へ