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コラム

東京大学・AMED/BINDSクライオ電子顕微鏡施設の紹介

クライオ電子顕微鏡施設の位置づけ

AMED創薬等先端技術支援基盤プラットフォーム(略称:BINDS)は、優れたライフサイエンス研究の成果を医薬品等の実用化につなげることを目的とした事業です。この事業の構造解析ユニット・構造解析領域として、2017年よりBINDSに採択されました。クライオ電子顕微鏡は、1台数億円と高価であるため、これらを全国の研究者で共同利用できるよう、構造解析を支援し、またその技術の高度化を行っています。1日約7000枚、3テラほどの画像データを提供します。装置稼働率はメンテを除けば70%以上。最近では企業の利用も増えてきています。
さらに2020年度からは、細胞、組織、臓器までも含むクロススケールの構造を対象とする東京大学・構造生命科学連携研究機構を創設し、最先端のイメージング手法を駆使できる共用研究拠点を形成しています。

クライオ電子顕微鏡で何が出来るのか?

ところで、クライオ電子顕微鏡ではなにが出来るのでしょうか?1990年代に盛んになった構造生物学、つまり、生物の基礎となるタンパク質や核酸などの分子構造を研究する学問では、主にX線結晶解析やNMR(核磁気共鳴)が用いられてきました。しかし、2013年以降、技術革新によりクライオ電子顕微鏡が構造生物学の手法として急速に発展してきました。これまで、X線結晶解析が苦手としてきた、膜タンパク質や巨大な複合体の構造解析が可能になったからです。膜タンパク質や巨大複合体は、結晶化することが困難なため、X線結晶解析を使うことが難しかったのです。
これに対して、クライオ電子顕微鏡の単粒子解析という手法では、少量の試料を結晶化させることなく生に近い状態を保ったまま、ナノスケールの生体分子構造を立体的に捉えることが可能になりました。2017年のノーベル化学賞がこの技術の開発者に贈られたことでもその価値は瞭然です。具体的な方法としては、精製した生体試料を水溶液中に均一に分散させた後、マイナス160度以下液体エタンで一気に凍らせ、厚さ100nm程度の非晶質な氷の中に閉じ込めます。この試料を低温に保ったまま、透過型電子顕微鏡で撮影し、様々な方向を向いた数十万個程度の分子の透過像を重ね合わせ、平均化し三次元像を構築します。
現在、この手法を用いて世界中で様々な生体試料の構造が解明されつつあり、この発展の裏には試料の急速凍結法や大量の2次元画像から3次元構造を構築する解析プログラムなどソフト面の開発と、Direct electron detector(電子線直接感知型超高速CMOSカメラ)や大量データの自動取得などハード面の開発が寄与しています。この手法で解明されたものとしては、2020年からのパンデミックの原因となった新型コロナウイルスのスパイクタンパク質もありますし、多くの創薬のターゲットとなっているGタンパク質共役受容体の構造もあります。

東京大学のクライオ電子顕微鏡施設では何ができるのか?

クライオ電子顕微鏡の手法の中で、先の述べた方法が「単粒子解析」と呼ばれ、東京大学の施設でも最も良く使われている手法です。
その他に、細胞内の構造など不規則的な構造を解析する手法としてトモグラフィーがあります。こちらは、厚さ300 nm以下の試料を電子顕微鏡の中でマイナス60度からプラス60度まで少しずつ傾斜させて撮影した透過像を重ね合わせることで、3次元像を構築する手法です。上記の単粒子解析に比べ、比較的大きく、それぞれが異なる形のもの、たとえば細胞内小器官の構造を直接観察できる利点があります。例えば、細胞のアンテナやプロペラとして働く繊毛の構造は、この手法で解明されました。
またX線回折では測定が困難な大きさ100nm以下の微小な結晶性試料に対し、回転させながら電子線回折像を取得し三次元構造を決定する手法としてmicroEDもあります。最近では、有機分子などの構造決定によく使われるようになってきています。

本施設で使えるクライオ電子顕微鏡

(1)Krios G4
加速電圧 300kV
電子直接検出器 GATAN K3 BioQuantum, Falcon 4EC
試料ステージ AutoGrid挿入型サイドエントリーステージ
(試料は最大12個可能、Cryo Autoloaderにより搬送)
他の装備 phase plate
主な用途 高分解能観察による画像データ収集
*令和2年度研究大学強化促進事業の支援等により整備

(2)Krios G3i
加速電圧 300kV
電子直接検出器 GATAN K3 BioQuantum, Falcon 3EC
試料ステージ AutoGrid挿入型サイドエントリーステージ
(試料は最大12個可能、Cryo Autoloaderにより搬送)
他の装備 phase plate
主な用途 高分解能観察による画像データ収集

(3)Talos Arctica G2
加速電圧 200kV
電子直接検出器 GATAN K2 Summit, Falcon 3EC
試料ステージ AutoGrid挿入型サイドエントリーステージ
(試料は最大12個可能、Cryo Autoloaderにより搬送)
他の装備 phase plate
主な用途 高分解能観察による画像データ収集

(4)JEM-F200
加速電圧 80kV,200kV
分解能 0.27nm
電子直接検出器 GATAN K2 Summit
他の装備 phase plate
主な用途 高分解能観察による画像データ収集

(5)JEM-2010F
加速電圧 80kV,100kV,120kV,160kV,200kV
電子線源 熱電界放射型
分解能 0.155nm(格子像)
主な用途 染色試料や凍結試料の観察

本施設を利用するには?

BINDSのワンストップ窓口(https://www.supportbinds.jp/)から支援コンサルティングを申請してください。本施設は、「支援を希望する主なユニット」としては、「構造解析領域」、「代表担当者」としては「(東大)吉川雅英(電子顕微鏡)」になります。コンサルティングの結果「支援可能」と判断されれば、支援が開始されます。

支援が開始されましたら、

  1. 設備担当者に依頼し、利用したい設備を予約。
  2. 利用日までに、試料など用意・送付
  3. 設備(電子顕微鏡)の利用:技術支援や単独利用、トライアルなどの利用形態を選択することができます。
  4. 必要に応じてデータの転送
  5. 確認書により料金の確認→確認書に基づき、利用料金の請求→期限までに入金

という流れになります。

終わりに

数年前までは、日本国内では少数の限られたグループだけしか使うことができなかったクライオ電子顕微鏡ですが、AMED/BINDSのお陰で数多くの電顕が導入され、ある意味「誰もが使う」ことができるようになりました。そうは言っても、試料調整やデータ解析などが必要で、クライオ電子顕微鏡=たちどころに誰でも構造が解ける魔法の道具というわけにはいきません。しかし、これまでいわゆる「構造生物学」を使っていなかった研究室からも、電子顕微鏡を使うことで、教科書を書き換えるような結果も出ています。
ぜひ、分子や細胞の構造を「見る」ことで解決できる重要な問題があったら、コンサルティングを申請してみていただけると良いのではないかと思います。

謝辞

本稿を準備するにあたり、吉川研究室の中村一彦、古屋俊江のお二人にご協力頂きました。また、本施設を支えている数多くのスタッフに感謝いたします。

2021年6月

東京大学・大学院・医学系研究科・生体構造学分野
教授
・吉川雅英

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