コラム・インタビュー
インタビュー第3弾は、世界初のがん一次スクリーニング検査「N-NOSE®」*1を開発された、株式会社HIROTSUバイオサイエンス代表取締役の広津崇亮先生です。「線虫の行動解析においては、世界一!」という熱意の元、線虫のあらゆる可能性を信じて、誰でも簡単に受検できる低価格ながん検査方法を開発。大学の教員でありながらベンチャー企業を設立したが一年で畳むことに。しかし次に東京で起業したベンチャー企業ではご自身が社長に就任する決断をし、そこから事業は一気に成長。2021年に入りエンターテインメント業界との資本業務提携や、5月からは今まで東京と福岡でしか受けられなかった検査の対象エリアを全国に拡大。また新たな幹線輸送システムの構築により利便性の面でも更なる強化を図り、まさに自宅にいながら誰もが簡単に出来る「がん検査」の実現に成功!国内外から注目を集めながら、日本のアカデミア発ベンチャーが最先端の検査技術を携え、いよいよ世界に羽ばたきます!!
Contents(話題)
アカデミア創薬の原点となる研究について 〜線虫の嗅覚応答シグナル研究〜
―アカデミア創薬の原点となった先生のご研究について、特に線虫の嗅覚応答シグナル研究についてお話を聞かせてください。
元々医学研究に興味があったというよりは、基礎研究として線虫の嗅覚に興味がありました。最初にNature誌に投稿した論文は、嗅覚神経の中でRAS/MAPK経路が活性化しているということを発見した内容で、その時はどちらかというと嗅覚のシグナル伝達に興味を持っていました。ところがその後の研究では、線虫の匂いに対する好き嫌いがどの様に発生するのか、あるいはどの様な状況下で変化を起こすのか、という研究にシフトし、その中で線虫が近寄る・逃げるなどの行動解析を山ほど行っていました。
―嗅覚でいいますと、我々人間より犬などの方がはるかに嗅覚は優れていますが、線虫も感覚器官としては非常に嗅覚が優れているという話を聞いたことがあります。
はい、まず受容体遺伝子の種類ですけれども、ヒトが350〜400、犬が800位存在すると言われているのに対して、線虫はその種類が非常に多く1200以上あると言われています。また、微量の匂いを検知出来るのかについては、私が犬でも検知出来るという成分についていくつか調べてみたところ、同じようなオーダーで非常に薄い濃度でも線虫は反応するので、微量なものを検知するのは犬レベルと言っていいと思います。
―1200種類以上あるという嗅覚受容体ですが、それは常に発現しているものなのでしょうか?それとも何か刺激があって受容体タンパクが発現するのでしょうか?
常に発現しているものだとは思いますが、実は調べられてはいません。配列上似ているからということで、受容体として提示されているものが殆どです。実際に機能が分かっているものは、殆どありません。例えば、匂い物質(リガンド)と受容体との対応関係が分かっているのは2,3種類程度で、哺乳類の嗅覚受容に関する研究の方が圧倒的に進んでいます。実は、線虫に関してはそこが遅れている部分です。
―ある種の匂い物質による刺激を受容後、メモリー機能が働き、好き・嫌いと判断しているのでしょうか?
そうですね、簡単な神経回路はありますので、もう少し上流の神経に伝わった結果として、寄っていけとか、逃げろという指令が出ています。
―先生のご経歴に少し触れさせていただきたいのですが、東京大学修士課程修了後、サントリー株式会社に入社されていますが、そこでは線虫の研究ではなく普通の研究員として活動されていたのですか?
サントリーに入社したのは、一度外の世界を見てみたい!という思いからです。当時の東京大学理学部生物化学科の学生は、ほぼ博士課程に進んでいたのですが、みんなと同じことをしたくなかったというのが本音です(笑)。当時サントリーは、青いバラを作る事業が展開されており、それに興味があったので「青いバラを作りたいです!」と面接を突破し就職したものの、配属先が商品開発部でして、1年間ずっと日本茶の商品開発を行っていました。商品開発は食品メーカーでは花形部署ですし、その開発自体は大変面白かったのですが、研究とは程遠い気もしていました。仕事は楽しいけれども、研究を途中で投げ出してしまった感じがしたので、もう一度博士課程で勉強したいと思い、1年で退職して同じ研究室へ戻りました。
―その様なお話を伺うと、一度サントリーに入社されたというご経験は先生にとっても非常に有益になったということですね。
そうですね、大学の研究室に長くいると、その仕事の仕方があたりまえと思ってしまうのですが、やはり会社ではいかに短時間で効率良く仕事をするかを叩き込まれますので、それはとても良い勉強になりました。
―その辺は、我々アカデミア研究者としては耳が痛い話ですが・・・苦笑。
「N-NOSE®」開発に至る研究的進展
―線虫の嗅覚に対する基礎研究が、最終的にN-NOSE®開発に至った研究的な進展のお話を伺いたいのですが、まず開発の経緯を教えてください。
元々私は理学部にいたので、正直なところずっと基礎研究にしか興味がありませんでした。線虫を使って嗅覚のメカニズムを知りたい、という研究をずっとしてきたのですが、転機があるとすれば自分の研究室を持ったタイミングですね。研究室を持つと、研究費を獲得しなければなりませんが、線虫の嗅覚の基礎研究をやられている先生方は大勢いらっしゃるので、同じような研究の申請書を提出してもなかなか採択されないだろうと思っていました。そのような時に、線虫の嗅覚が優れているのであれば、その機能を世の中の役に立たたせることが出来るのではないかと閃きました。例えば、線虫は寿命の研究が出来るのですが、長期間薄い匂いの物質を嗅がせていると線虫の寿命が延びるのではないか、あるいは匂いを嗅がせておくと線虫の学習能力が向上するかもしれない、など将来的にはヒトにも役立つものに繋がると考えていました。その様なテーマで申請書をたくさん書いている最中に知ったのが、がん探知犬の話です。がんに匂いがあるということは、線虫を活かせるのではないかと思い付き、研究を始めました。
―線虫は溶液の中で生息しているので、匂い成分への曝露が限定されてしまいそうな懸念などはありませんでしたか?しかしながら、がんはそういう意味では体液の中に細胞があるので、あまり関係ないのかもしれませんが。
そうですね、一生懸命に戦略を立てても、やってみないと分からない部分はたくさんありますので、がんの匂いに反応するかどうかは、結構気軽な気持ちで始めました。線虫が反応することの生物的意義は関係なく、線虫が感じるかどうかが大事なので、やってみれば出来るだろうという感じでした。線虫が寄るか逃げるかの解析は、当時世界で一番研究してきた自負がありましたので、自分だったら試行錯誤すれば1〜2か月くらいで○✕の結果は出るだろうと気楽にやっていました。
―そのお話を伺いますと、山中先生が『山中因子』を発見された時と同じ様なイメージを感じますね。少し学術的なお話になりますが、最終的にがんの中のどの様な物質に線虫が応答しているのかは分かっているのでしょうか?
私も研究者としてそこを知りたいのです。ところが、がんの匂いを見つけたいという研究者は世界中にたくさんいまして、何十年も研究が続いており論文も山ほど出ているにもかかわらず、全部偽物と言われています。私も最初は事業家ではなく基礎研究者でしたので、線虫を使ってがんの匂いを特定する研究をしてみたのですが、がんの匂いが微量過ぎて機械で検知することが不可能でした。現在も進行中ですが、かなり困難を極めていまして、なかなか先に進まない状況です。おそらく他の研究チームは線虫を持っておらず機械だけなので、相当難しいと思います。機械のみを用いて検知可能な物質だけを対象に比較しているため、偽物を掴まえてしまうのだと思います。我々は線虫を持っているので、もう少し頑張れば検知出来ると思うのですが、正直なところかなり難しいという印象です。
―がんの場合は特異的なエクソソームやその中のマイクロRNAが様々な作用をするという研究成果が創薬でも応用されてきていますが、ひょっとすると線虫にも細胞外小胞の様な粒子をキャッチするような仕組みがあるのでしょうか?
研究者としては、そこがとても知りたい部分です。今、匂いの成分を同定するのは難しいので、どちらかというと匂いを受け取る受容体を同定する方向に集中しています。受容体は遺伝子ですので、うまくやれば見付かります。がん種毎に匂いが違うと言われているので、その匂いに対応した受容体を採ってきて、という研究を行っていますが、それは今のところ上手くいきそうな感じです。そうすると、受容体から匂いの成分の候補を採ってくることも可能になるかもしれません。
―ありがとうございます。基礎的な部分はまだまだ発展途中ということで、今後益々期待が出来ますね。
そうですね、とても面白いテーマだと思っております。
―一般の人は生物材料を使うことがスクリーニングや診断といったハイスループット的なことにはあまり適さないのではないか、と思ってしまうと感じたのですが、N-NOSE®はハイスループットまで至らずとも、どのくらいのスピードでどれくらいの検体検査が出来るのかを具体的にお話いただけますでしょうか。
スループットに関しては、確かに研究室ですと線虫の行動解析などは、人間が手作業で行っていました。以前はもっとアナログ的な作業、例えば匂いに寄っていく線虫や逃げていく線虫の数を目で一つ一つ数えてインデックスを算出していましたが、昨年の夏に全自動の解析機器を開発しまして、線虫の全ての行動解析は基本的には機械が全て行います。その結果、人間はシャーレを持ってくる、検体を運ぶ、という作業だけになりまして、スループットも50倍〜100倍になりました。現在その機械が複数台ありますので、年間50万人程度の検査が可能です。
―その解析機器の開発というのも、貴社と業者がタイアップしながら開発していったということでしょうか。
そうですね、機械は弊社では作れないのですが、ただ大学教員だったらもっと道のりは遠かったといえますので、そういう意味では会社を設立し、それなりに資金を集めたからこそ開発に乗り出せた、ということです。
株式会社HIROTSUバイオサイエンス設立の経緯
―ありがとうございます。それでは次に、我々アカデミア創薬を応援する立場としましては一番重要な部分になるのですが、先生のシーズがどういう形で会社設立に至ったか、その経緯を伺えますでしょうか。
まず2015年の3月に、線虫ががんの匂いを識別する内容の論文を発表しましたが、その当時私は理学部の教員でしたので、実用化は誰かがやるだろうと他人任せにしていました。ましてやベンチャー企業を作るという発想は全くありませんでした。その後、色々な企業等からオファーがありましたが、企業に(特に大企業等)任せてしまうと1回10万円の検査として売り出すかもしれないという懸念が生じました。私は安い検査として世間に広めたかったので、自分自身がある程度関わる必要があると思っていました。その時点では検査のノウハウや知識を私が一番持っていたので、自分が手を引いてしまうと実用化はすごく遅れるだろうと思い、経営者としての向き不向きは考えず、私が先頭に立たなければこの技術は実用化しないだろうと考え直しました。2015年に取材を受けた時、当初は気楽に「実用化は10年後くらいですかね。」と答えていたのですが、このままでは10年後といわず永遠に実用化は不可能だと思い、論文発表の半年後に起業する決断をしたわけです。最初に作ったベンチャーは福岡で立ち上げたのですが、1年間何も起こらず失敗しました。その後2016年の8月に次のベンチャー企業を東京で立ち上げ、社長に就任する決断をしました。そこから一気に現在の事業が軌道に乗り始めました。
―最初に福岡で起業された時は、大学に籍を置いたまま、ということでしょうか?
そうです、当時は九州大学の教員でしたので兼業という形でやっていました。理学部出身なのでビジネスのことは正直何も知らず、アドバイザーの方達は皆さん口を揃えて「社長になってはいけない!」とおっしゃっていました。大学教員には経営など出来ないと思われていたので、その時だけはその意見を鵜吞みにしてしまい、結果失敗しました。ちょうどそのベンチャーを畳む時に今の創業メンバーと知り合いました。世界を目指すなら東京で起業しようという話になり、「あなたが社長をやりなさい!技術の体現をしているのはあなただけなのだから、あなたが先頭に立たないと皆に信用してもらえない。」と言われまして、その時は半信半疑でしたが社長になる決断をしました。やはり資金調達の時になると、技術のことを知らない経営側の人達がいくら話しても説得力に欠けるのがネックになっていましたので、資金集めをする時に信用していただけるという点では、私が社長になって良かったと思います。研究の最前線にいた人間が社長になるパターンはあまりないと思うのですが、弊社に限っていうと、それが成功した一番の要因だったと思います。研究は周りのアドバイザーに何かを聞いたわけではなく自分の意志のもとにやってきたことを考えると、アドバイザーが言っているのは教科書なのだと理解しつつ、技術に合った進め方をした方が良いと思いました。皆さんも自信を持って怖がらずにやって欲しいと思います。
―2015-2016年というと、東京大学内でもある程度ベンチャーに対するサポートや様々なシステムが出来始めた頃かと思いますが、その辺りのサポート等につきまして当時はいかがでしたでしょうか。
私が当時在籍していた大学では、残念ながらサポートはほぼゼロでした。東京大学、京都大学とその他の大学とでは、だいぶ異なります。東大と京大はかなり熱いですが、その他の大学では表向きはサポートしている様に見せていても実際は殆どなかったと思います。たとえ大学の支援があったとしても、それだけでは経営は成り立ちませんので、ベンチャーを作った以上は大学に頼るというよりは自分自身で生きていく覚悟がないと出来ないと思います。
―アメリカとかですと、大学のサポートがかなりしっかりしている印象ですが、東大・京大も実質的には少額の資金サポートをしているが、まだまだ不十分ということですね。
そうですね。あとは、知財の面で大学が足を引っ張っている部分があると思います。この線虫の特許は九州大学が持っていたので、いかにして自分達が買い取るかという交渉をしていたのですが、大学の知財に対する考え方が一般と少しずれているので、交渉にならないのです。必ずしも知財部に特許に詳しい人がいるとは限りませんので、ベンチャーを支援したいというのであれば、知財に関してはもっと柔軟に対応しなければ厳しいと思います。
―逆に大学の知財に関する組織・運用の仕方が足を引っ張ってしまうというケースがあるということですね。
あると思います。それはまだどこの大学でもやっていると思います。
―会社設立において、最も苦労されたのは、どういった点ですか?
最初のベンチャーでの失敗というのが、逆に良い教訓となりました。一つは、技術を体現している人間が先頭に立つというのが一番ストレートな道だということを知ることが出来ました。ただ周囲のベンチャーを見ても大学の教員が最高技術責任者になってはいますが、社長になっているケースは少ないです。経営側の人間がいくら説明しても、金儲けしようとしているのだろうと周りが思ってしまうので、少々勿体ない気がします。研究者の方々ももう少し思い切って、社長になって自分が先頭に立つくらいの人がもっと現れても良いのかなと思います。自分自身が社長になってから、苦労してないわけではないのですが、だいぶ事業の話を理解してもらえるようになったと思います。もう一つは、資金調達の仕方です。教科書にはベンチャーキャピタルからお金を集めると書いてあるので、皆さん同じような行動をするわけですが、私はその方法以外で資金集めをしようとしましたので、そういう面では苦労しました。一方ではベンチャーキャピタルの上場志向のプレッシャーに翻弄されることがなかったので、その辺の資金調達の仕方も自分自身に見合ったやり方をした方が良いと思います。
―もし差し支えなければ、先生がされた資金調達の仕方を具体的に教えてください。
日本のベンチャーキャピタルは、アメリカなどに比べると投資額の桁がはるかに少なく、だいたい二桁くらい(1/100)違っています。その割には、あれこれとアメリカと同じレベルの要求をしてきます。あとは、研究の邪魔をしてくる印象が凄くあり、研究を理解出来ていないので、上場にあたり無駄な研究はするなと言われました。ただ私は研究者なので、「無駄にこそ価値がある、こういう研究もしておかないと信用されない」ということを熟知しているわけです。残念ながらベンチャーキャピタルには、そこを理解してもらえないので、一直線に実用化に進みなさいと言われてしまいます。それだと結局上場を目指しても上手くいかないと思ったので、ベンチャーキャピタル以外から資金を集めるべきだと考えました。ただしベンチャーキャピタル以外でリスクマネーを出してくれるところは殆ど無いので、銀行等からお金を借りたり投資してもらいながら、研究者を山ほど雇い、証明実験をたくさん行い、実用化が近いぞというタイミングで事業会社に出資してもらう戦略を立てて行いました。
―それは、通常の資金調達の仕方と比べ、かなり珍しいケースですか?
最初に事業会社がやってくるところまでが綱渡りなので、あまりお勧めではありませんが、ここまで来ると株主様は事業会社と銀行だけですので、ベンチャーキャピタルっぽい感じは全く無くなりました。
―もう普通の企業という感じで、正攻法なやり方ですね。
そうですね、株主様の中で研究の邪魔をする人は誰一人いません。ベンチャーを作るとどうしても実用化のための研究をやらされて基礎研究が出来ないと思われがちですが、弊社の場合は、基礎研究をしたい人の邪魔をする人は誰もいない環境を作ることが出来たのが成功のポイントでした。しかし、ベンチャーキャピタルを利用しない方法は、教科書通りでは中々出来なかったことです。いずれにせよ、資金調達の仕方というのは熟慮した方が良いと思います。
―アカデミアでの創薬の難しさ、資金調達の難しさのお話があったところで、日本のアカデミア創薬のボトルネック的な部分はどんなところだとお考えですか?
私の場合、少し得だった点は創薬ではなく検査だったので、臨床研究の部分にあまり費用がかからなかったところです。ただ臨床研究に関しても一つ考えたことがありまして、論文を書く権利を医師にお渡ししました。医師主導による臨床研究という形に変えてしまったので、費用を払う必要もなく行えました。それが創薬となるとどうしても何十億という費用がかかりますので、その費用をどこで稼ぐのかという部分がとても大変で多くのベンチャー企業が苦しんでいると思います。補助金だけで臨床研究を進めていくというのは恐らく不可能だと思いますので、そこがネックになっているのかと思います。創薬の場合は、ベンチャー企業はタネを見つけるのは得意かもしれませんが、その先の治験となると資金が足りないと思いますので、どちらかというと体力のある大企業と組んで研究開発をしないと実用化はどんどん遅れるのかなと思います。
―現状、製薬会社もそれを求めているので、普通の創薬の場合は、ベンチャー企業はシーズを作って、臨床研究は製薬企業とタイアップして進めていくという形をどう作っていくかということでしょうか?
どうしても資金調達のために、まだシーズの段階で上場してしまうベンチャー企業が多いのですが、その中でめぼしい成果も出ず赤字を垂れ流しながら治験を実施するというのは大変厳しい道だと思います。改めて大学・ベンチャー企業・大企業の役割がもう少しスッキリしていた方が良いのではないかと考えます。
「N-NOSE®」の実績や将来展望
―ではここで少し話題を変えまして、N-NOSE®の実績や将来展望につきまして伺えますでしょうか。
N-NOSE®の位置付けですが、他のがん検査とは若干立ち位置が違うという説明をしておりまして、一次スクリーニングと呼んでいます。従来の五大がん検査に象徴されるように、がん種毎の検査を最初に受けると皆さん思われていたのですが、そうではなくて入口部分の一回の検査で全身網羅的に調べることが出来る、次の検査をするための最初のスクリーニングといいますか、がんの可能性がある人をスクリーニングする検査だという言い方をしています。それを言い始めてから検査を理解してくれる方がとても増えまして、昨年11月に全自動機械を導入してから事業が本格化したのですが、現時点で約7万人の方が受診されています。この人数は、新しい検査においてはとても多い数字だと思いますが、残念ながらこれまでは地域限定の検査でした。というのも、物流網の構築に苦しみまして、尿を冷凍して輸送する仕組みが世の中には無かったのです。東京・福岡などの一部の大都市でしか行えず、受検したくても受けられない方が大勢いらっしゃいましたが、ちょうど今月(5月)から全国展開を開始します。(詳細はこちら)これにより47都道府県の方々が受けられるようになりますので、一気に受検数が増えることを期待しています。
―まさしく、今の新型コロナのワクチン輸送と同じ問題を抱えていたということですね。その点も無事クリアされて、将来展望としては今後の需要増加に期待が持てますね。
今、医療機関でがん検診を受ける割合が非常に下がっています。しかしながら、がんが怖い病気だという認識は今も昔も変わっていないので、皆さんがん検診はとても重要だと思っていると思います。N-NOSE®の場合は尿で受けられますので、自宅で検査することが可能です。現在、尿を自宅まで回収するサービスも全国展開しようとしていますので、そうすると家に居ながらにして受けられるがん検診になり得るのかなと思っています。今のこのコロナ禍には非常にマッチしていますので、受けたいという方が受けられる体制を整えていくことが大事なのだと思います。
―ありがとうございます。具体的にN-NOSE®は、何種類ぐらいのがんに反応するのでしょうか。
今、適応がん種は15種類です。将来的にはがん種特定をしたいのですが、現時点ではそこまではいっていません。最近の学会発表などでは血液がんですとか小児がんの研究発表が増えていますので、適応がん種に関しては今後もっと増えていくのではないかと思います。
―今後がんの種類も特定出来るように精度を上げていくには、受容体のクローニングをするなど、受容体側から攻めていって、より精度の高い、例えば遺伝子組み換え線虫を使うといった方法になりますでしょうか。
そうですね、遺伝子組み換えをすることにより、ある受容体をノックダウンさせることで、がん種毎に反応性が変わる線虫を作るという方法でがん種を特定します。今のところ研究もかなり進んでいますので、そちらの実用化も急いでいる最中です。
「N-NOSE®」以外のHIROTSUバイオサイエンスの今後の動向
―N-NOSE®以外の今後の貴社の動向が気になるところですが、何か線虫を使わないような新しい事業を何かお考えでしょうか。
がん以外の病気にも匂いがあると言われていますので、他の病気に対する検査の開発を試みています。それから線虫はどちらかというと良い奴ではなく悪い奴でして、作物に寄生して収穫量を減らすような線虫が山ほどいるので、その駆除技術を開発しているところです。ただ本当のところ、将来的には線虫ではなくても良いと思っています。世の中には凄い生物がたくさんいるので、色んな生物を使った病気の検知でも良いですし、それはもしかしたら会社ではなくて、また改めて大学に戻るのか、大学を作るのか、分かりませんが、色々な方向に広げたいと思っています。
―そうしますと、先ずは寄附講座や社会連携講座などを作って講義をするという方向でしょうか。
はい、もう大阪大学とはその様な講座を作って連携しています。大学の持つポテンシャルは本来もっと高いと思っていますので、他大学にもどんどん広げて、企業には出来ない事を大学とコラボしてやりたいと思っています。あとは、人間ではなくペットのがんの発見にも着手しております。
―そうなのですね!我々獣医としましては大変興味深いお話です。具体的に伺えますでしょうか。
対象として今のところ犬と猫で調べているのですが、結構良い結果が出ています。人間と同じように検査が出来そうなので、数年後のペット用N-NOSE®の実用化を目指しています。
―実用化の際には我々も是非何らかのご協力ができればと思います。
我が国のアカデミア創薬への期待、問題点、AMEDへの期待など
―それではお時間も迫ってまいりましたので、最後に我が国のアカデミア創薬への期待、社会構造の問題点、AMEDへの期待や意見などがありましたら、遠慮なくお話いただければと思います。そのまま掲載させていただきます(笑)。
私も長いこと日本の大学で研究してきましたので、持っている技術や発明力というのは世界と比較しても引けを取らないと思います。ただそれが実用化しないというのが日本社会の特徴だと皆さんも認識されていると思いますが、それはとても勿体ないことです。実用化するために必要なものは、もちろん資金も大切ですが、それ以上に組織が大事だと思っております。たとえAMEDが有望な研究に資金提供したとしても、組織が上手くいっていないと、結局ただ資金を流して報告書をあげるだけの研究になってしまいます。何となく有名な大学の有名な先生にお金を付けたが、その先生が実用化に興味が無いかもしれないので、そうすると基礎研究だけやって報告書を書いて終わり、という勿体ない結果に終わってしまいます。ですので、実用化に向けての人材育成も大変重要ですし、本当にその技術を実用化しようとしているのか、という見極めをきちんとした上で補助金を付けるなどすると、もっと実用化が加速するのではないかと思います。
―私が感じるのは、身近な先生の成功例を目の当たりにすることで、自分自身も感化され、シナジスティックにアカデミアの先生方が創薬に興味を持ってくれると思いますし、実際に手を動かしてみようという先生も増えてくるのかと思います。しかしながら、それをどういう風に増やしていくかが非常に問題で、成功例はたくさんあると思いますが、なるべくそういう話を身近でしていくことが大事だと思っております。
はい、私も同感です。出来れば私の一つ下の世代の人達に、自分の技術の実用化に向けてもっと頑張って欲しいです。研究費の集め方も、従来の様に科研費を取りに行くだけではない方法もある、ということを知って欲しく、そのための一つの成功例を作りたかったという思いがあります。私のやり方が全てというわけではなく、色々な方法があると思うのですが、やはり成功例が無いといくら口頭で説明しても実感が湧かないと思います。今後は成功例をどんどん作りながら、それを若い世代の人達に広める活動をAMED等の行政機関がやってくれると、若い人達の技術も実用化に繋がりやすくなるのかと思います。
―それが、我々キャタリストユニットの使命だと思っております。今回のインタビュー内容を発信することで、日本の優れた技術の実用化に向けて少しでもお役に立てればと思います。本日はお忙しい中、どうもありがとうございました。
※1:「N-NOSE®」とは、嗅覚に優れた生物『線虫』が、がん患者の方の尿に含まれる微量な匂い物質を検知することを利用した新しいがん検査です。線虫は、体長約1ミリ、犬の1.5倍(1200)もある嗅覚受容体数を有し、雄雌同体だから飼育が容易で、大腸菌が餌なので飼育コストは極めて低価格な生物です。
編集後記:
先ず、広津崇亮社長をはじめとする「N-NOSE®」に携わっている全ての皆様に心より感謝申し上げます。
最近では新型コロナウイルス感染拡大の影響に伴いがん検診受診率の低下が大きな社会課題となっています。そんな中、ついに自宅にいながら低価格で手軽に高精度の検査が受けられる技術が開発されました。このインタビュー後の5月24日には全国展開に向けて始動、8月までには全47都道府県で検体集荷サービスを受けることが可能になるとのことです。がんは縁遠いものと思っている皆様も、この機会に是非ご自身の健康と向き合ってみてはいかがでしょうか。私は受けます!(西)
(2021年6月吉日)